桶教新聞 2025年1月~3月バックナンバー

当サークルでは毎月5のつく日に、宗教や桶教についてお話しする「桶教新聞」をX(旧Twitter)上で掲載しております。こちらの記事では、桶教新聞の2025年1月から3月に掲載された内容をアーカイブとして残してあります。画像の量の関係上、読み込みが遅くなることがございますので、ご了承ください。
画像下のキャプションは、SNS上で掲載した際に併せて投稿した文章です。

当サークルの公式アカウントはこちらです。

2024年10月から12月の内容はこちら

あわせて読みたい
桶教新聞 2024年10月~12月バックナンバー 当サークルでは毎月5のつく日に、宗教や桶教についてお話しする「桶教新聞」をX(旧Twitter)上で掲載しております。こちらの記事では、桶教新聞の2024年10月から12月に...

2025年1月

人間にとって、何かが存在するという意識と、その何かが実在するかどうかは、必ずしもイコールではないのです。
この面白さって、更に深堀りできると私は思うのですよね。
他人に関わるというのは多かれ少なかれ傷を生む可能性のある行為です。
しかし、関わり合いを持たずに過ごすこともできません。
繋がりが時に痛みを伴うこと、繋がり方がどうあるべきか考えること、両方忘れずにいたいものです。

2025年2月

考えがまとまらず、納得できない形で終わってしまう……というのは、ままあることです。
どんなものでも、外に出さなければ0点すらつけてもらえないのですよね。
今回のテーマは、死を受け止めるものが世界から失われつつあるというお話です。
私達は、私達の振る舞いを手放しに赦せる日が来るのでしょうかね?

2025年3月

現代では、多くの人が命を奪う現場から離れて生きています。
このまま離れ続ければ、ベジタリアンのほうが多数派になる……といった未来も、ありえない話ではないと私は感じます。
創価学会では学会員専用のマッチングアプリなどもありますし、スマホアプリで善行を提案するというのもそこまで変な案ではない……と私は思うのですが、どうでしょう?
人間は、教わってもいないのに善い行いができるわけはないのです。人々が善行を重ねる世界を望むのなら、そのことを忘れてはいけませんね。

2025年4月~6月のバックナンバーはこちら

あわせて読みたい
桶教新聞 2025年4月~6月バックナンバー 当サークルでは毎月5のつく日に、宗教や桶教についてお話しする「桶教新聞」をX(旧Twitter)上で掲載しております。こちらの記事では、桶教新聞の2025年4月から6月に掲...