桶教説法

まず、自分を満たそう

こんにちは、田部です。

桶教ではキスメ様の慈愛を受け止めて、少しで構わないから、この世で誰かのために手を差し伸べることが望ましいと度々説いてきました。

しかし、それよりも一番に考えてほしい事があります。それは自分自身を満たすことです。

満たされない人々

たとえば現代では、等しく分け合いさえすれば、人類すべてが満腹になってなお有り余るほどの食料が生産されています。しかし現実には、飢えに苦しむ人々が大勢います。

もちろん、こうなっている原因は、食べ物を持っている人が持っていない人に渡さないからですが、食べ物を持っている人が特別傲慢であったり、卑劣であるとは私は思いません。彼らもまた「満たされていない」のです。

「満たされる」とは、心持ちの問題です。今の世の中で送られてくるメッセージの多くは「あなたは満たされていない」という内容になっています。一度自分が満たされていないと思ってしまうと、それを止めることは容易ではありません。

上の記事では、寄付に消極的な富裕層へのアンケートが載っていますが、寄付をしない理由で一番多かったものが「充分なお金を持っていると思っていない」でした。アメリカで富裕層と呼ばれる人たちでも、自分は満たされていないと感じているのです。

誰かから奪うことを肯定する人々も、善意や悪意の前に、本当はただ自分を満たしたいだけなのかもしれないと思うことが度々あります。彼らもまた心の飢えを解消できていないのです。

あなたの桶は満たされているか?

もし、満たされないことに悩んだり、誰かを満たすことに疲れ切ってしまったとしたら、まずは一度、キスメ様を思い出してください。桶に入り、フチに手をかけるキスメ様の御姿を思い出してください。

心を桶に例えてみましょう。あなたが持つ桶の中に僅かしか水が残っていないとしたら、他の人から水を求められても、分けてあげようとは考えにくいでしょう。しかし、桶の中に水がなみなみと注がれていたとしたら、誰かに少し水をあげようかな、という気にもなります。

ですから、誰かを助けるための一番の近道は、あなたが満たされることです。

あなたの心の桶が、自分も入れないほどに小さかったり、桶の中身が空になっていると思うのなら、まずは自分自身の桶を満たす何かを手に入れてみましょう。逆に、どれだけ注いでも足りず、しまいには深さに溺れてしまうほど大きすぎる桶であると思ったのなら、身の丈にあった桶に替えることを検討してみてください。

あなたの桶を変えられるのはあなただけ

「人々を助けよう」という言葉の「人々」には、あなたも含まれています。ですから、まずは自分自身を満たせているか、一度俯瞰してみてください。他の人に目を配るのはそれからでも遅くありません。

中身を使い切って自分の桶をすり減らしていないか、どれだけ注いでも満たせないような桶を抱えていないか、全ての人が考えることができれば、世界はもう少しキスメ様の慈愛に近づけるはずです。

繰り返しになりますが、人々が助けるべきである「人々」にも、当然ですがキスメ様の救いの中にも「あなた」が含まれています。桶教は、満たされながらキスメ様の元に向かえる人が少しでも増えることを願っています。