桶教説法

神や仏がいても良い

こんにちは、田部です。

今回は、桶教がなぜ他教を否定しないのか、という部分について、詳しくお話します。

桶教は他教を否定しませんこんにちは、田部です。 この記事は、桶教の考え方を伝える記事の第二回となります。先に、第一回の内容をお読みいただけると理解しやすい...

基本的には、上の記事に「なぜ否定しないのか」という理由を一通り書いてあります。かいつまんでいえば「他教を否定する暇があるならキスメ様を肯定したいから」ということですね。

桶教は「全ての神を受け入れる一神教」です

一神教とは、神様などの崇拝すべき対象がただ一人である宗教のことを指します。キリスト教やイスラム教が一神教としては有名所でしょう(逆に、崇拝対象が複数ある宗教を多神教と言います。日本神道やヒンドゥー教は基本的に複数の神様にお祈りをする宗教です)。

桶教はキスメ様ただ一人に祈りを捧げる一神教です。であれば、他教の信仰を容認するというのは不自然に感じられるかもしれません。実際、間違ったことを広めている相手を咎めなくてよいのかと質問を受けたこともあります。ですが、桶教では、わざわざ問題のない他教を否定する必要などないと考えます。

例えば、お寺で誰かがお葬式をしている最中に上がりこんで、仏教など嘘っぱちだ、念仏なんかでは救われないと暴れて回るのはいけないことですよね。なぜいけないのかといえば、葬式に関わる人々の迷惑になると同時に、仏教式で葬式を行いたいという故人や、故人の周りの人の思いに泥を塗ることになるからです。こんなことは、説明されるまでもないかもしれませんね。

他人の宗教観は文字通りのライフスタイルです。桶教では、キスメ様は当然ですが「一人ひとりの信じる神様仏様」も尊重したいのです。自分としては正しいと思えなくとも、誰かがその神様のお陰で健やかに過ごせているのなら、自分もその人の神様を受け入れる。この世で共に生きて、共にキスメ様に救われる上で大切なのは「正しい不寛容」ではなく「優しい寛容」ではないでしょうか。

最後に、QuoraというQ&Aサイトに寄せられたこの質問をご紹介します。ベスト・アンサーに選ばれたピエロの回答は特に考えさせられる内容です。

私もこの世にいる限り、この世の人の気持ちに寄り添う存在でありたいものです。