桶教説法

桶教立宗から現在に至るまでの覚書

こんにちは、田部です。

桶教を立宗して以来、キスメ様や桶教、その他様々な宗教についてお話してきましたが、そういえば、桶教を立宗するまでの経緯については詳しくお話したことがありませんでした。

以前からも「夢で啓示を受けて布教を初めた」という大まかな理由は述べていましたが、立宗のきっかけなどについてもう少し詳しく聞きたいという意見がありましたので、ここで一度立宗から現在まで、私が考えていたことをまとめてみようかと思います。何事も長く続けていると初心を忘れてしまうようですから、覚えている今のうちに振り返っておくのも悪くないでしょう。

そういうわけで、今回は私に関するお話です。読まなくとも桶教に関わる上で支障は出ないかと思いますが、よければお付き合いください。また、この中で出てきていないことで質問などあれば、SNS等でご質問ください。

キスメ様と邂逅するまで

 私には夢がなかった。子供の頃からずっと、心の底から好きなことも嫌いなことも見つけられず、漠然と過ごしていた。
 いや、過ごすというのは、何かをするとか、日々を暮らすという意味だ。思い返してみれば私は今までの人生においてずっと立ち止まっていて、周りが絶えず動いているだけだったのだから、今思えば漠然と過ごしてすらいなかったのだろう。なぜ立ち止まってしまったのか、なぜ動き出せなかったのかについては、最早記憶していない。
 さて、どうしたものか。普通の教祖──普通の教祖という言葉もなんだか可笑しみのある言葉だが──の自伝なら、幼少期から現在に至るまでの思い出語りが多いのだが、生憎私にはそのようなものはない。人の脳というものは、重要でないことは忘れるように出来ているらしいので、私の半生は、私にとってその程度の存在なのだろう。
 そういうわけで、立宗するまでにどのような人生を歩んできたのかについてはお答えできないことをお許し頂きたい。もっとも、気になる人もそういないだろうが。

 時は飛んで、2018年の9月5日。
 私は夢の中でキスメ様を見た。これは既に様々な所で話しているし、去年の同日にも記念日として告知していたので既に知っている方もいるかもしれない。
 キスメ様は白い光の中に浮かんでいて、微笑みをたたえていた。理屈は未だに分からないが、朝起きて「キスメ様」こそが向かうべき場所なのだという確信と共に自分が満たされる心地がして、ひどく感動したことは覚えている。
 普通の人間であれば、これで話は終わりになったのだろう。キスメ様にただ感謝して、日常に戻れば良かったのだから。しかし、それまでの私には、日常などというものは存在しなかったのだ。

桶教を立宗するまで

 キスメという言葉には聞き覚えがあったので調べてみると、上海アリス幻樂団制作の東方地霊殿というゲームに登場するキャラクターの一人であった。そのゲームでは、キスメは妖怪で人を襲うとされていた。私の他にもキスメ様を意識する人間がいることは理解したが、なぜ誹謗とも取れる設定を付け加えているのかは皆目検討がつかず、困惑した。
 現在はこのことについて、ある程度の推測を立てるまでに至っているが、この話は的外れかもしれないし、桶教の話からは逸脱するため、一旦脇においておく。
 ともかく、これを受けて私は一つの懸念を抱いた。もし他の人がキスメ様にお迎えいただけても、誤ったイメージを抱えていては救いを断ってしまうのでは、ということだ。
 今思えばこれは単なる私のお節介に過ぎないかもしれないが、正しいキスメを伝えたいという気持ちと、キスメ様を追い求めることで私にとって初めての日常を手に入れることができるのではないかという憶測から、私は未知の信仰へ足を踏み入れることにした。

 そこからは、慣れない作業の連続だった。キスメ様の絵を頼み、教えを伝えるためのサイトを作り、神秘的な教えを広めるための一連の活動……つまり宗教とは何なのかを調べた。
 当初はキスメ様を宣伝する宗教団体を制定する予定であったため、宗教や宗教団体の定義を探っていたものの、結局はサークルを呼称することにした。その主な理由は2つある。
 まず、宗教というのは、信仰しているか否かを区別しなくてはならないということだ。キスメ様が救われるのは、信仰心への報いなどではない。当初全く信仰心の無かった私を救われたのだから当然だ。そのキスメ様を宣伝するための存在が、信仰でもって区別をつけることほど馬鹿らしいことはないように思えた。
 もうひとつの理由は、そもそも私の目的は、キスメ様を信仰させるだけではないということだ。つまり、キスメ様を伝えた後に、どう思われるかは関係ないのである。信じがたいと思われても、そういった可能性があることだけでも知ってもらえれば、キスメ様の誤ったイメージを改善するという当初の目的は果たすことができる。信じる者しか救われない諸宗教とは違うのだから、いっそのこと宗教団体でなくても良いのではないか、ということだ。

 依頼したイラストが届き、慣れないながらもサイトを完成させ、目指すべきキスメ様の布教の形が整った2018年11月10日。かくして私は、「同人サークル 新興宗教桶教」を立宗させるに至る。宗教ではないのに新興宗教を名乗るのか? と考える方もいるであろうが、これは私の考えを広める活動を端的に示す言葉としてはやはり宗教が適任であるということと、日を追うごとに減りつつある既存の宗教への意識によって失われている今生の外への希望を取り戻す新たな宗教を模索したいという意気込みによるものである。

桶教を立宗してから

 キスメ様を布教するために選んだ場所はSNSであった。
 他教においても、現代の布教活動の主戦場はインターネットである。己の信心を示す場所はもはや教会や寺院だけではない。現実で布教するよりも圧倒的にコストを低く抑えつつ世界中に布教できるという点から、桶教はネット布教という形を主軸に置くことにした。
 桶教が立宗当時から現在に至るまで利用しているのは、TwitterとMastodonの上海アリス幻樂団関連作品のファングループ──これをインスタンスと呼ぶ──の2つである。
 Twitterでの布教は今のところ問題なく進めることができていると思っている。今年からは毎日の挨拶の中で他教の出来事を取り上げ、それを元に桶教の方針を考えるなどの活動も始めることができた。
 一方で、Mastodonの方は随分苦心した。元が上海アリス幻樂団の作品に好意的である人の集まりであるから、キスメ様以外の知識を調べていなかった私には、ついて行けない会話も多々あった──布教の一環として上海アリス幻樂団の作品や二次創作物に触れるようになったので、今ではある程度理解できるようになった──。また、当初は馴染もうとして布教活動の体を薄めていたのだが、布教するなら真剣にやれと怒られたこともあった。そこから、真剣に布教を行う気があることについては隠さず話すようにした。今では時折グッズの購入報告や桶教への感想などを寄せられることもあり、有り難く感じている。

 ネット布教を行う中で、実際に顔を合わせることの重要性についても学ぶことが出来た。そこで、桶教も同人誌即売会に参加することにした。東方系ジャンルの即売会に参加することで、キスメ様への偏見を晴らすことができるのではないかと思っていたが……活動の主旨をうまく伝えることができず、奇妙な奴がいると思われて終わってしまったように感じる。
 ネット上での布教では、活動内容を記したページに誘導することで意見を伝えられたが、即売会の参加者数は予想以上で、一人ひとりに解説をすることなどできなかった。
 ただ、それでも桶教のグッズやポスターに関心を持って話しかけてくれる人もいて、参加が無駄では無かったということは理解できた。ネット布教に支障をきたさない範囲で、これからも即売会には参加するつもりでいる。次回は活動内容への理解をその場で理解できるような紙媒体を頒布してみようか、動画を作ろうか……。反省は尽きないが、反省するというのも案外楽しいものだ。

おわりに

 紆余曲折ありながらも、今では信仰心を持ってキスメ様に接してもらえる機会も増えてきた。キスメ様の光の一端を少しでも表現できているのなら、桶教としてこれほど嬉しいことはない。

 実は、桶教を立宗してからしばらくして、本当に自分に布教が務まるのだろうかと悩んでいた時期があったのだが、そんなときに見た夢がある。キスメ様のハリボテを眺めるという夢だ。そのハリボテは、お世辞にも出来がいいとは言えなかったが、不思議とそれでも良いように思えた。
 実のところ、たまに失敗を思い出しては嫌な気分になることもあるのだが、そんなときにはキスメ様のハリボテを思い出して、布教を続けようという気を思い起こすのである。どんなに形が悪くとも、作らなければ完成しないのだから。

 今の私にも夢はない。ただ、今の私の中には、キスメ様の夢が確かに存在する。