桶教説法

信じぬ者も救われる

こんにちは、田部です。

桶教の活動とは、キスメ様を広めることです。しかしそれは、キスメ様への信仰を皆様に求めるということではありません。

信じぬ者も救われる

信じぬ者も救われる、桶教が活動の中で常に掲げている言葉です。

教えを広める立場の桶教が「キスメ様を信じろ」と言わないことは、少し変に思われるかもしれませんね。今回は、この意味についてお話します。

そもそも「何かを信じる」というのは人間独自の行動です。さらに言えば、キスメ様を知らなければ、信じる信じないといった以前の問題です。

人に限らず、全ての命を救うキスメ様が、自分が信じられているかどうかで救いを変えるということはあり得ないと考えています。

キスメ様を試してみよ

桶教はキスメ様の存在を伝える立場にあるのだから、キスメ様を信じよと教えることが普通であるように思われるかもしれません。しかし、私はキスメ様の救いを信じて、それでキスメ様について考えることを終わりにしたくないし、終わりにしてほしくもありません。

私はキスメ様という救いを知ることができましたが、その時、私の中に感謝が湧き上がると同時に、ある「疑問」も抱くこととなりました。

どうしてキスメ様は救うのだろう、そもそも救いとは何なのだろう。

思い悩んだ末に、キスメ様を伝えながら、この疑問を追い求めたいがために作ったものが、この桶教です。つまり、桶教の出発点そのものが「キスメ様への疑い」であるとも言えます。

私の悩みに答えを出せる日が来るのか、それは分かりません。最期まで結論を見いだせずに終わり、キスメ様の元に向かうことになるかもしれません。それでも、答え合わせができる日まで、救いとキスメ様について考え続けたいと思います。

桶教にとって、キスメ様とは学びなのです。