桶教説法

夢見る機会

こんにちは、田部です。

本日6月10日は「夢の日」です。将来の夢や願望について考えてみるための日として、6(む)10(ちゅう)の語呂合わせで制定されたとのことです。良い機会ですし、せっかくですから、私の夢についてお話しましょう。

私の将来の夢

私の将来の夢は死ぬことです。つまり、キスメ様の所へ向かうことですね。もちろんこれは自殺したいとか、そういうことではありません。

数年前まで私は、死にたくないというだけで、将来の夢も目標も、死ぬまでに成し遂げたいことを考えたこともありませんでした。ですが、キスメ様と出会って、初めて何をしたいのか考えるようになりました。

そして考えてみたものの、すぐにはやりたいことが見つからなかったので、死ぬことを目標にしたのです。

死んでも死にきりたい

「信じぬものも救われる」は結論ではないこんにちは、田部です。 サイトのトップページにもあるように、桶教のスローガンは「信じぬものも救われる」です(画面上の新興宗教桶教の...

自分が生きる上で何をするべきか、はっきりとした目標は実はまだありません。以前、桶教は悩みを重ねる場であるとお話しましたが、それは私にとっても例外ではありません。生きる上で何をするべきかは私も未だに悩んでいます。

何をするべきか分からない現在の私の目標は、生きていること、いつか死ぬことを受け入れて歩く……つまり「死んでも死にきる」ことです。生きる中で思い残すことがあったり、逆に生きることに対して何も思うことがない生き方をしていては、清々しい気持ちでキスメ様の下へ向かうことはできないでしょう。そういうわけで「生きていることと死ぬことだけは忘れないように生きて死ぬ」という目情を持つことにしたのです。

これから、他に生きるための理由が見つかるかもしれませんし、考えに考えても生きることに対する結論は出せないかもしれませんが、それでも構いません。キスメ様の下では、どんな生き方であれ生きることは素晴らしく、どんな死に方であれ死ぬことは素晴らしいものです。私の夢はキスメ様の下へ向かうことそのものなのです。